2008年08月06日
ひとりごと
『チャンスというものは、多くの場合辛い経験に姿を変えてやってくる。だから殆どの人は、それと気づかない』アン・ランダーズ
今の私にとって、すごく大切な言葉である。
言葉というものは、『ちから』を持つものだと思う。なぜならば、その言葉によって人の心が動かされるからである。
私は、どれだけ『チャンス』に気がついているんだろうか。ただただ、自分にとって『辛い経験』としか思っていなければ、そこから学ぶことは出来ないし、それを自分のモノにすることも出来ない。
今、そんなことを心の中でつぶやいている。
今の私にとって、すごく大切な言葉である。
言葉というものは、『ちから』を持つものだと思う。なぜならば、その言葉によって人の心が動かされるからである。
私は、どれだけ『チャンス』に気がついているんだろうか。ただただ、自分にとって『辛い経験』としか思っていなければ、そこから学ぶことは出来ないし、それを自分のモノにすることも出来ない。
今、そんなことを心の中でつぶやいている。
2008年07月26日
定期便と不定期便
昨日、多良間~石垣便が2年4ヶ月ぶりに復活しました。それはとても喜ばしいことです。
しかし、この便が3ヶ月の試験期間を経て、継続して行くためには、以前のRAC(琉球エアコミューター)と現在のADC(エアードルフィン)との違いを私たち利用者はよく理解しなければならないと思います。
定期便と不定期便
私が、話を聞いて理解した範囲で、ということを前置きして、このことについて考えてみたいと思います。
以前のRACは定期便ということで、毎日1往復飛んでいました。それは、『客がいようがいまいが』、決まった時間に必ず飛ぶということでした。
逆に、客が満席以上になっても、臨時に飛ぶということはけっこう難しかったようです。(ほとんど無かったと思います)
現在のADCは不定期便です。毎日飛ぶわけではありません。今のところ、週に2回(金曜日と日曜日)ということですが、客が一人もいない場合には飛びません。
逆にチャーターも可能なので、お客さんがたくさんいる場合は、その分飛んでくれるようです。実際、今年の八月踊りの3日間は、1日6往復を予定しているようです。
他にもいろんな違いが有ると思いますが、定期便と不定期便という違いから考えてみました。(簡単ですが)
確かに、『自分が行きたいときに行く』という利便性を第一番目に考えたら、以前のRACの方が便利だったかもしれません。しかし、それは無くなり、一時は石垣が沖縄本島くらい遠い存在になってしまいました。そのことをしっかり考えなければならないと思います。
それから、この飛行機が継続して飛ぶためには、石垣との交流人口を増やしていく必要が有るかと思います。
それは、『観光客が増えてくれる』のを待つばかりではなく、村民自身ももっと『多良間~石垣便』を利用する事だと思います。
多良間から石垣への『足』が確保されたことを喜びつつ、今後たくさんの人が利用する路線になるよう願っています。
しかし、この便が3ヶ月の試験期間を経て、継続して行くためには、以前のRAC(琉球エアコミューター)と現在のADC(エアードルフィン)との違いを私たち利用者はよく理解しなければならないと思います。
定期便と不定期便
私が、話を聞いて理解した範囲で、ということを前置きして、このことについて考えてみたいと思います。
以前のRACは定期便ということで、毎日1往復飛んでいました。それは、『客がいようがいまいが』、決まった時間に必ず飛ぶということでした。
逆に、客が満席以上になっても、臨時に飛ぶということはけっこう難しかったようです。(ほとんど無かったと思います)
現在のADCは不定期便です。毎日飛ぶわけではありません。今のところ、週に2回(金曜日と日曜日)ということですが、客が一人もいない場合には飛びません。
逆にチャーターも可能なので、お客さんがたくさんいる場合は、その分飛んでくれるようです。実際、今年の八月踊りの3日間は、1日6往復を予定しているようです。
他にもいろんな違いが有ると思いますが、定期便と不定期便という違いから考えてみました。(簡単ですが)
確かに、『自分が行きたいときに行く』という利便性を第一番目に考えたら、以前のRACの方が便利だったかもしれません。しかし、それは無くなり、一時は石垣が沖縄本島くらい遠い存在になってしまいました。そのことをしっかり考えなければならないと思います。
それから、この飛行機が継続して飛ぶためには、石垣との交流人口を増やしていく必要が有るかと思います。
それは、『観光客が増えてくれる』のを待つばかりではなく、村民自身ももっと『多良間~石垣便』を利用する事だと思います。
多良間から石垣への『足』が確保されたことを喜びつつ、今後たくさんの人が利用する路線になるよう願っています。
2008年07月25日
多良間~石垣・エアードルフィン
一番機を待ち、セレモニーの準備が行われています。
エアードルフィンの三松社長と、パイロットの弘瀬さんへ花束の贈呈。
下地昌明多良間村長の歓迎のあいさつ。
エアードルフィンの三松社長のあいさつ。
いよいよ乗り込み。
そして、石垣へ向かって出発。
2008年07月21日
海の日
今日は海の日です。
この多良間村では、この3連休の中で、海にまつわる行事は全くありません。周囲を360度海に囲まれたこの多良間島で、この海の日を何もなく過ごすのはもったいないと感じます。
もちろん、『3連休を利用して旅行でも・・・』という方もいらっしゃるかもしれません。『行事が多すぎる』という考えもあろうかと思います。
しかし、今後、『観光産業』を位置づけていくのであれば、海はもっとも大切な資源だと思います。
以前、ビルが2年ほど『沖釣り大会』を開催したことがありましたが、何せスポンサーが全く付かず、残念ながら終わってしまいました。思い返してみると、あのイベントは何かきっかけになったかもなあー、という気もしないでもない。
まあ、今の多良間では、この時期、スツウプナカなど『神ごと』を中心にして、行事が沢山ありますから、このようなイベントを立ち上げるのは大変だと思います。
そんなことを考えながら今日の海の日を過ごしました。
夕方、家族でプールに出かけて楽しんできました。2年生の長男が、ようやく『顔を水につける』ことに挑戦して、少しずつ前進を見せています。この夏で、何とか『水遊びを楽しめる』ようになって欲しいモノです。
この多良間村では、この3連休の中で、海にまつわる行事は全くありません。周囲を360度海に囲まれたこの多良間島で、この海の日を何もなく過ごすのはもったいないと感じます。
もちろん、『3連休を利用して旅行でも・・・』という方もいらっしゃるかもしれません。『行事が多すぎる』という考えもあろうかと思います。
しかし、今後、『観光産業』を位置づけていくのであれば、海はもっとも大切な資源だと思います。
以前、ビルが2年ほど『沖釣り大会』を開催したことがありましたが、何せスポンサーが全く付かず、残念ながら終わってしまいました。思い返してみると、あのイベントは何かきっかけになったかもなあー、という気もしないでもない。
まあ、今の多良間では、この時期、スツウプナカなど『神ごと』を中心にして、行事が沢山ありますから、このようなイベントを立ち上げるのは大変だと思います。
そんなことを考えながら今日の海の日を過ごしました。
夕方、家族でプールに出かけて楽しんできました。2年生の長男が、ようやく『顔を水につける』ことに挑戦して、少しずつ前進を見せています。この夏で、何とか『水遊びを楽しめる』ようになって欲しいモノです。
2008年07月18日
ほっとします
出勤途中、フスバラヤーのドラゴンフルーツの花が咲いているのに、足が止まりました。
そう言えばちょうど満月?
満潮の時刻?
あまり解りませんが、ほっとした一瞬でした。
2008年06月18日
多良間のゴミ問題(3)
不法投棄が止まりません。
今日、折しも、廃棄物担当の部署からの呼びかけで、3役と各課から代表で不法投棄の視察が行われ、私も参加しました。そして、その後意見交換が行われました。
何故、不法投棄が無くならないのか。島の将来の為に、環境を保全するためにはどうすれば良いのか。といったような内容で、意見が交わされました。
これから将来のために、こども達に意識付けをしていこう。そのために、広報や、マスコミ等を利用して何度も繰り返し啓蒙活動をしていこう、と言うことになりました。
また、『村民大会』の開催も模索されました。
とにかく、目の前のゴミを、村のお金で処理しても、その根っこにある『捨ててはいけない』『環境を守る』という意識を醸成しない限り、環境は守ることが出来ない。
今すぐ結論は出ないかも知れないが、それが一番近道である、との認識で一致した。
あとは、具体的な施策を取り組むだけだ。
2008年06月17日
多良間のゴミ問題(2)
『税金による負担ばかりが増えて、住民の健康や環境が犠牲になる焼却処理では、先人が築き上げてきた郷土を、子や孫に引き継ぐことは出来ない』
これは、徳島県上勝町の町長の言葉です。
この上勝町の取り組みはすごいです。人口2千人のこの町のモットーは、『ゴミを出さない』ことです。でもこんなことが出来るのか、と思うでしょうが町を挙げて取り組んでいるのです。
まず、生ゴミは、各家庭で『生ゴミ処理機』を置いて(町が助成して購入)処理しています。また、ゴミの分別は34種類。等々。
そして、町として2020年までにゴミゼロを目指す『ゴミゼロウェイスト宣言』を行っています。
現状を見ていないのですが、全国から注目されていて行政視察もたくさん訪れているようです。そこには、行政のそして政治の『ゴミ問題』に対する『強烈なリーダーシップ』があるのだということが伝わっていきます。
人口の多い、少ないではないと思うのです。そこのリーダーが、どのような将来像を描いて、住民を導いていっているか。だと思うのです。それが、取り組みとして現れると思うのです。
その前提として、冒頭に挙げた町長の言葉にあるように、このままの『ごみ消却方法』にはいずれ限界が来る、との認識と環境問題に対する意識の高さがあるのだと思います。
翻って、多良間村は、もっともっと小さな島です。環境問題に取り組まなければ、そのキャパシティも小さいので、限界は早くやってくるのは間違いありません。
この問題が、早く村の『トップ・プライオリティ』になることを願いながら、上に対しても訴えています。
個人としては、生ゴミの処理を試験的に始めています。
これは、徳島県上勝町の町長の言葉です。
この上勝町の取り組みはすごいです。人口2千人のこの町のモットーは、『ゴミを出さない』ことです。でもこんなことが出来るのか、と思うでしょうが町を挙げて取り組んでいるのです。
まず、生ゴミは、各家庭で『生ゴミ処理機』を置いて(町が助成して購入)処理しています。また、ゴミの分別は34種類。等々。
そして、町として2020年までにゴミゼロを目指す『ゴミゼロウェイスト宣言』を行っています。
現状を見ていないのですが、全国から注目されていて行政視察もたくさん訪れているようです。そこには、行政のそして政治の『ゴミ問題』に対する『強烈なリーダーシップ』があるのだということが伝わっていきます。
人口の多い、少ないではないと思うのです。そこのリーダーが、どのような将来像を描いて、住民を導いていっているか。だと思うのです。それが、取り組みとして現れると思うのです。
その前提として、冒頭に挙げた町長の言葉にあるように、このままの『ごみ消却方法』にはいずれ限界が来る、との認識と環境問題に対する意識の高さがあるのだと思います。
翻って、多良間村は、もっともっと小さな島です。環境問題に取り組まなければ、そのキャパシティも小さいので、限界は早くやってくるのは間違いありません。
この問題が、早く村の『トップ・プライオリティ』になることを願いながら、上に対しても訴えています。
個人としては、生ゴミの処理を試験的に始めています。
2008年06月17日
多良間のゴミ問題(1)
現在の焼却施設は平成13年度から稼働しています。
この施設が出来てすごく変わったことは、『ハエがいなくなった』ことではないでしょうか。この施設が出来る前は、ゴミはしばらくの間『野積み』状態でした。ハエ達の格好のえさだったわけです。
そのため、ゴミ捨て場の近くはもちろん、集落内もハエがいっぱいでした。人が集まる時料理をすると、『ハエを追い払うのが仕事』という状況でした。事実『パイ°Wウーベー』(ハエ追っ払い係)というのがありました。
それが、この施設が出来てからは、ハエがものすごく減りました。そのことは、多良間村民がすごく実感していることではないでしょうか。
しかし、ふだんあまり実感しないことですが、この施設にはものすごい『税金』が投入されています。
私は、将来、子や孫にこの多良間島の自然環境を引き継いで行くために、このままで良いのか考えてみたいと思います。そこで、何回かに分けてこのテーマで書いてみたいと思います。というより、私自身考えていきたいと思います。
この施設が出来てすごく変わったことは、『ハエがいなくなった』ことではないでしょうか。この施設が出来る前は、ゴミはしばらくの間『野積み』状態でした。ハエ達の格好のえさだったわけです。
そのため、ゴミ捨て場の近くはもちろん、集落内もハエがいっぱいでした。人が集まる時料理をすると、『ハエを追い払うのが仕事』という状況でした。事実『パイ°Wウーベー』(ハエ追っ払い係)というのがありました。
それが、この施設が出来てからは、ハエがものすごく減りました。そのことは、多良間村民がすごく実感していることではないでしょうか。
しかし、ふだんあまり実感しないことですが、この施設にはものすごい『税金』が投入されています。
私は、将来、子や孫にこの多良間島の自然環境を引き継いで行くために、このままで良いのか考えてみたいと思います。そこで、何回かに分けてこのテーマで書いてみたいと思います。というより、私自身考えていきたいと思います。
2008年06月13日
CHANGE
木村拓哉主演のドラマ『CHANGE』にはまっています。聞くところによると、永田町の本物の政治家達がはまっているそうです。
少し飛躍しすぎなことろもあるようですが、忠実に再現しているところもあると聞きます。何よりも、現在の『閉塞感』漂う政治の闇の部分は十分過ぎるほど伝わってきます。
木村拓哉演じる若き総理大臣は、『人気取り(パンダと表現されている)』の為に、総理大臣に担ぎ上げられるが、次第に実力を発揮していきます。何よりも痛快なのは、今、国民が政治に対して抱いている不信感の部分に、ズバッと切り込んでいくところです。
こんなにうまくいくはずがない、と思いながらも、でもそのようにうまくいって欲しいという願望でついつい見てしまいます。これからこの総理大臣はどうなっていくのか。そしてこの国はどうなっていくのか。
ドラマの中と、現実を一部重ね合わせながら見ています。
何より感銘を受けることは、政治が決して『うさんくさい』物ではなく、純粋に『国民に近い』ものとして演じられている。これは、ドラマとは関係なく『そうなって欲しい』と願わずにはいられません。
ドラマ『CHANGE』、益々目が離せません。
少し飛躍しすぎなことろもあるようですが、忠実に再現しているところもあると聞きます。何よりも、現在の『閉塞感』漂う政治の闇の部分は十分過ぎるほど伝わってきます。
木村拓哉演じる若き総理大臣は、『人気取り(パンダと表現されている)』の為に、総理大臣に担ぎ上げられるが、次第に実力を発揮していきます。何よりも痛快なのは、今、国民が政治に対して抱いている不信感の部分に、ズバッと切り込んでいくところです。
こんなにうまくいくはずがない、と思いながらも、でもそのようにうまくいって欲しいという願望でついつい見てしまいます。これからこの総理大臣はどうなっていくのか。そしてこの国はどうなっていくのか。
ドラマの中と、現実を一部重ね合わせながら見ています。
何より感銘を受けることは、政治が決して『うさんくさい』物ではなく、純粋に『国民に近い』ものとして演じられている。これは、ドラマとは関係なく『そうなって欲しい』と願わずにはいられません。
ドラマ『CHANGE』、益々目が離せません。
2008年06月12日
プール開き
多良間村には、室内プールがあります。毎年、6月から9月の4ヶ月間だけ稼働します。(温水ではないので、何とももったいないのですが)
2年生の息子が、今日からプールの授業が始まりました。
私自身もあまり泳ぎは得意ではありませんが、水泳だけは子どもの頃にきちんと習得しておいて欲しいと思います。『あらゆるスポーツの中で命を守れるのは水泳だけ』ということを聞いたことがあります。
先日、石垣市で小学校1年生と5歳の兄弟が、増水した川で遊んでいて、先におぼれた弟を助けようとした兄も一緒におぼれてしまい二人とも帰らぬ人になってしまいました。
非常に悲しく、胸が苦しくなる事故でした。
どういう状況でおぼれたかは解りませんが、もし泳ぎが達者ならば助かったかも知れないのでは、と思います。泳げる、ということは自分の命を救うことが出来るのです。
私の妻は、プールでインストラクターをしていました。だからという訳ではありませんが、『命のためにも水泳は・・・・』ということを口酸っぱく言います。
小学2年生の息子は、水が大の苦手です。しかし、今年の夏は、何とかして泳ぎを上達させたいと思います。命を守る為にも。
2年生の息子が、今日からプールの授業が始まりました。
私自身もあまり泳ぎは得意ではありませんが、水泳だけは子どもの頃にきちんと習得しておいて欲しいと思います。『あらゆるスポーツの中で命を守れるのは水泳だけ』ということを聞いたことがあります。
先日、石垣市で小学校1年生と5歳の兄弟が、増水した川で遊んでいて、先におぼれた弟を助けようとした兄も一緒におぼれてしまい二人とも帰らぬ人になってしまいました。
非常に悲しく、胸が苦しくなる事故でした。
どういう状況でおぼれたかは解りませんが、もし泳ぎが達者ならば助かったかも知れないのでは、と思います。泳げる、ということは自分の命を救うことが出来るのです。
私の妻は、プールでインストラクターをしていました。だからという訳ではありませんが、『命のためにも水泳は・・・・』ということを口酸っぱく言います。
小学2年生の息子は、水が大の苦手です。しかし、今年の夏は、何とかして泳ぎを上達させたいと思います。命を守る為にも。
2008年06月11日
自治とは
久しぶりの投稿になります。
沖縄県議会議員選挙が終了しました。結果は、座喜味一幸さんと奥平一夫さんの二人が当選した訳なんですが、私は何よりも多良間村の投票率の低さに唖然としてます。
選挙とはいったい誰の為に、いやその前に何の為にするのでしょうか。残念ながら、そのことを解っていない人があまりにも多すぎると思いました。
折に触れて、選挙のことなどを書いてきた私ですが、今日はその根幹でもある『自治』について話してみます。(さくっと)
まず、『自分のことは自分でする』ということが基本だと思います。自分で出来ないことは、周りの人達も含めた『地域』で取り組む。そしてそれでも解決できないことを市町村などの『地方自治体』で取り組む。(その間にもっと団体の規模はあるかと思いますが)
そして、それでも解決しないことを都道府県が、最終的には国全体で取り組む。
私達の周りには、このような仕組みがあります。しかし、なかなか実感できない部分もあります。なぜなら、自分が声を出さなくても『当たり前に回っている』からです。少なくとも、そう思っている。
でも、それは違います。私達の周りの、行政や政治がやっていることは、誰かが声を発して始めて形になっています。それが選挙であり、政治への反映です。
やっぱりわかりにくくなってしまいますが、私達の身の回りの生活には政治、行政の力が大きく反映している。そして、それを決めているのは選挙なのです。
その選挙には、20歳以上のだれもが参加できる権利を持っています。
しかし、今回の選挙もその67%の人しかその権利を行使しませんでした。残りの33%(約300人)の人達はその権利を捨てたのです。それが何を意味するのか。
それは、次回以降書きます。
私がこのブログを立ち上げた理由は、多良間村が自立することです。そのためには、『自分の島は自分で良くしていく』という気持ちが大切だと思います。
それこそ、自治であり、それが無ければ多良間は絶対発展していかないと思います。
沖縄県議会議員選挙が終了しました。結果は、座喜味一幸さんと奥平一夫さんの二人が当選した訳なんですが、私は何よりも多良間村の投票率の低さに唖然としてます。
選挙とはいったい誰の為に、いやその前に何の為にするのでしょうか。残念ながら、そのことを解っていない人があまりにも多すぎると思いました。
折に触れて、選挙のことなどを書いてきた私ですが、今日はその根幹でもある『自治』について話してみます。(さくっと)
まず、『自分のことは自分でする』ということが基本だと思います。自分で出来ないことは、周りの人達も含めた『地域』で取り組む。そしてそれでも解決できないことを市町村などの『地方自治体』で取り組む。(その間にもっと団体の規模はあるかと思いますが)
そして、それでも解決しないことを都道府県が、最終的には国全体で取り組む。
私達の周りには、このような仕組みがあります。しかし、なかなか実感できない部分もあります。なぜなら、自分が声を出さなくても『当たり前に回っている』からです。少なくとも、そう思っている。
でも、それは違います。私達の周りの、行政や政治がやっていることは、誰かが声を発して始めて形になっています。それが選挙であり、政治への反映です。
やっぱりわかりにくくなってしまいますが、私達の身の回りの生活には政治、行政の力が大きく反映している。そして、それを決めているのは選挙なのです。
その選挙には、20歳以上のだれもが参加できる権利を持っています。
しかし、今回の選挙もその67%の人しかその権利を行使しませんでした。残りの33%(約300人)の人達はその権利を捨てたのです。それが何を意味するのか。
それは、次回以降書きます。
私がこのブログを立ち上げた理由は、多良間村が自立することです。そのためには、『自分の島は自分で良くしていく』という気持ちが大切だと思います。
それこそ、自治であり、それが無ければ多良間は絶対発展していかないと思います。
2008年06月03日
変革って怖いこと?
誰だって、『今が良ければ』それが『いつまでも続いて欲しい』と願うものでしょう。
現在の私達の状況は、どうなんでしょうか。『良い今』なのでしょうか。それとも、『このまま続いては欲しくない今』なのでしょうか。
各家庭にしても、地域社会にしても、そして国全体にしても、『今』は、『このまま続いて欲しくない』現実ではないでしょうか。であるならば、変化を求めても良さそうなものですが、そうでもないんですよね。
現在、県議会議員選挙の期日前投票が行われていますが、沖縄の将来を変えていけるきっかけにしたいモノですが、・・・・・
さて、どうなるでしょうか。
現在の私達の状況は、どうなんでしょうか。『良い今』なのでしょうか。それとも、『このまま続いては欲しくない今』なのでしょうか。
各家庭にしても、地域社会にしても、そして国全体にしても、『今』は、『このまま続いて欲しくない』現実ではないでしょうか。であるならば、変化を求めても良さそうなものですが、そうでもないんですよね。
現在、県議会議員選挙の期日前投票が行われていますが、沖縄の将来を変えていけるきっかけにしたいモノですが、・・・・・
さて、どうなるでしょうか。
2008年06月01日
自立
このブログの、最大のテーマの一つは『自立』である。
自立という言葉は、あるいは『自律』との使い分けなどと比較されながら、よく使われるところである。個人の自立から、最近は自治体の逼迫した経済状況を背景に『自治体の自立』という言われ方をよく目にする。
私は、我が村多良間村が、文字通り『自立』して行くためには、との思いでこのブログを立ち上げました。自分が見聞きして感じたことをつづることによって、あるいはそのことに対してご意見をいただければ、そのことをとおして考え、そして自立の道が見つかるのではないかと、考えたからである。私が文章をつづることは、すなわち考えることに他ならない。
前置きが長くなったが、私が考える市町村の自立とは、『自分で考え、決断し、実行し、自分で責任を取る』ことだと考える。
つまり、これまでの市町村には、本当の意味での自立は存在しなかった、と思う。いや、現在も、それを模索している状態ではないでしょうか。つまり、これから、『自立の道を歩むためのスタートラインに立とうとしている』といえるのではないでしょうか。
なぜ、そんなことを言うかというと、これまでの市町村は、『国や県が考えたことを実行してきた』に過ぎないからである。今の市町村があるのは、市町村が考えて選択してきた姿ではなく、国策としての市町村のあるべき姿を実施してきたに過ぎないのである。だから、これまでの市町村には『自立』は無かったと思うのです。
では、いつその方向転換があったのでしょうか。それが、2000(平成12)年の『地方分権一括法』である。
残念ながら、私自身、その時点ではそんなことに気づくことすらありませんでした。ただ、『法律がたくさん変わる』ことだという認識しかありませんでした。役場に入って7年目でした。
そして、そのことを的確に説明してくれる先輩もいませんでした。
事実、その後の村長(誰とは言いませんが)の口からも、『地方分権とは、何百という法律が一気に変わること』との言葉を耳にした時、このことを少し勉強してきた私はバク転してしまいました。
つまり、それだけ、市町村のあるべき姿というのは明確にされてこなかった、ということである。市町村長でさえ、そんな発言が出るくらいですから、住民には失礼な言い方かもしれませんが、どれだけの住民がそのことを考えているでしょうか。
しかし、その制度の転換から既に8年の歳月が流れました。自立を実践している市町村と、そうではない市町村の『差』が如実に現れていると言われ始めています。
私は、住民にこのことを説明することが、市町村のこれからの大きな仕事のひとつではないかと思います。つまり、国、県からの『指導』をもって行政運営をするのではなく、住民とともに『自立』について考え、共に知恵を出し合って、自ら決断し、行動し、そして責任を取る。その姿を、住民とともにイメージすること。これが、これからの自立した市町村の姿ではないかと思う。
それは、『協働』とかいう言葉でも表されますが、そのことをひとりでも多くの住民と『共有』する政策が求められているのではないでしょうか。そんな政治家はいないのか。
自立という言葉は、あるいは『自律』との使い分けなどと比較されながら、よく使われるところである。個人の自立から、最近は自治体の逼迫した経済状況を背景に『自治体の自立』という言われ方をよく目にする。
私は、我が村多良間村が、文字通り『自立』して行くためには、との思いでこのブログを立ち上げました。自分が見聞きして感じたことをつづることによって、あるいはそのことに対してご意見をいただければ、そのことをとおして考え、そして自立の道が見つかるのではないかと、考えたからである。私が文章をつづることは、すなわち考えることに他ならない。
前置きが長くなったが、私が考える市町村の自立とは、『自分で考え、決断し、実行し、自分で責任を取る』ことだと考える。
つまり、これまでの市町村には、本当の意味での自立は存在しなかった、と思う。いや、現在も、それを模索している状態ではないでしょうか。つまり、これから、『自立の道を歩むためのスタートラインに立とうとしている』といえるのではないでしょうか。
なぜ、そんなことを言うかというと、これまでの市町村は、『国や県が考えたことを実行してきた』に過ぎないからである。今の市町村があるのは、市町村が考えて選択してきた姿ではなく、国策としての市町村のあるべき姿を実施してきたに過ぎないのである。だから、これまでの市町村には『自立』は無かったと思うのです。
では、いつその方向転換があったのでしょうか。それが、2000(平成12)年の『地方分権一括法』である。
残念ながら、私自身、その時点ではそんなことに気づくことすらありませんでした。ただ、『法律がたくさん変わる』ことだという認識しかありませんでした。役場に入って7年目でした。
そして、そのことを的確に説明してくれる先輩もいませんでした。
事実、その後の村長(誰とは言いませんが)の口からも、『地方分権とは、何百という法律が一気に変わること』との言葉を耳にした時、このことを少し勉強してきた私はバク転してしまいました。
つまり、それだけ、市町村のあるべき姿というのは明確にされてこなかった、ということである。市町村長でさえ、そんな発言が出るくらいですから、住民には失礼な言い方かもしれませんが、どれだけの住民がそのことを考えているでしょうか。
しかし、その制度の転換から既に8年の歳月が流れました。自立を実践している市町村と、そうではない市町村の『差』が如実に現れていると言われ始めています。
私は、住民にこのことを説明することが、市町村のこれからの大きな仕事のひとつではないかと思います。つまり、国、県からの『指導』をもって行政運営をするのではなく、住民とともに『自立』について考え、共に知恵を出し合って、自ら決断し、行動し、そして責任を取る。その姿を、住民とともにイメージすること。これが、これからの自立した市町村の姿ではないかと思う。
それは、『協働』とかいう言葉でも表されますが、そのことをひとりでも多くの住民と『共有』する政策が求められているのではないでしょうか。そんな政治家はいないのか。



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